束河古鎮と麗江古城(8月13日・後半)~2018年8月マカオ・香港・雲南省旅行 その8

8月13日前半の続き。

黒龍譚を出て六路のバスに乗り、麗江古城の北に位置する束河古鎮に向かう。バス代は1元だった。

麗江古城での散策コースは、古鎮の北側から南に抜ける道のりを取った。

束河古鎮の入り口近くに、少数民族風に、色とりどりの紐を髪の毛に編み込んでくれるお店があった。麗江古城内にも同じような店が沢山あるが、人が沢山たかっていて写真が撮れなかった。古城内を散策していると、小さな女の子なんかも編み込みをやってもらっていて、可愛らしい。おとなの女のひとも、編み込みや、写真右上の花輪を被ったりなんかして、街を散策して楽しそうにしている。

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やっぱり、ここも観光地観光地してるなーと思ったけど、無造作に台車に乗せた季節の野菜を量り売りしていて、麗江古城よりは生活感がある。

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これは古鎮内の屋台で観光客向けに売る果物を運んでいるところだろうか。

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束河古鎮内に入っていく。ずっと雨模様である。

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土産物屋や客桟、食べ物屋が建ち並ぶ。私もヤクのミルクの飲むヨーグルトを飲んでみた。特に変な味はしなくて美味しいが、確かにヤギっぽい匂いはするかも。かなり観光地化されてはいるが、麗江古城よりは人も少なく落ち着いている。

途中、雰囲気が良さげな「茶馬古道博物館」があったので、入ってみることにする。

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茶馬古道とは、7世紀頃から雲南省からチベット等まで、南西ルートで交易していたルートのことで、麗江もその経路上にある街の一つである。

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美しい中国風庭園と、充実した展示物。

茶馬古道を図示したもの。

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トンパ文字をあしらった茶馬古道の説明。中に入ると英語の説明もある。

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何々、日本との戦争の間も、日本軍は海上を封鎖したが、茶馬古道では交易が続けられていた、とな。アジア各国の博物館では、日本って本当、こういう戦争絡みのところでしか名前が出てこない。しかも、安定の日本軍の兵站軽視っぷり、戦略のなさっぷりに嫌気がさす。自軍のも敵軍のも、兵站軽視しまくりで穴だらけ、って戦争をやる態度じゃないだろ。

さて、順路にしたがって博物館内を巡っていくけど、手入れされた庭園が美しい。

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上の写真と同じ場所で、おじさんに写真を撮って欲しいって言われたので撮ってあげる。嬉しそうな表情でスマホをのぞき込むおじさん。「大丈夫?」って声を掛けたら、おじさんに「日本人ですか?」と聞かれたので、「日本人ですよ」と答えたら、「ようこそいらっしゃい(歓迎光臨)」と言ってくれた。こういうちょっとした交流が面白くて嬉しい。

ところで、暗いし上からカメラを構えないといけないし、で展示物があまり上手く撮れなかったのだけど、展示物にこういうナシ族(納西族)の革製品があった。

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こういうのとか。

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色合いも意匠も素敵なので、こういうののレプリカを売ってくれるといいのになーなどと思う。

すっかり満足して茶馬古道博物館を出る。

街の疎水が美しい。

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これか観光用のお馬さん。出勤途中ってとこでしょうか。馬や馬車に乗って古鎮内を巡ることができるようだ。

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ハチミツに、旬のキノコが売られている。ミツバチってネオニコチノイド系農薬を撒くと集団でいなくなってしまうので、私にとってはこの豊穣なハチミツは安全と豊かさの象徴なのである。つい惹かれてしまう。

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松茸は中国人にも大人気みたいで、「24時間以内に配達します」(中国国内だろうけど)と書いてあった。

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ポテトフライやソーセージに、未知の食べ物の屋台。

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これは魚屋さん。雷魚とナマズかな?あとはニジマスもあった。当然だけど淡水魚ばかり。山の中ですからね。

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比較的落ち着いていて気に入った束河古鎮だったが、宿に帰ると伝えた時間に大幅に遅れそうな時間になってしまったので、後ろ髪を引かれながら急いで戻ることにする。ほら、戻ってまた別の宿に移らないといけないから…。

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疎水沿いにお洒落なカフェや屋台の果物屋さんなんかが並ぶ中を抜けて束河古鎮外に出て、バス乗り場までやってくる。

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雨はやんで晴れてきたけど、やっぱり山は見えそうもない。うーん残念。

さてバスで麗江古城外に来たけど、丘陵を登って降りるアクセスなのでやっぱりぜえぜえして吐き気がしてきた。まだ空気の薄いのに慣れていない。

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だんだん古城内っぽい風景になってきて、

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大幅に時間に遅れて宿に到着~。

宿のスタッフが間違って同じ系列の別の宿に案内してしまっていたため(詳しい事情は前日の記事にて)、これから、宿に預かってもらっていた荷物を受け取って別の宿に移動することになっている。知的なメガネの長身のお兄さん(スタッフメンバーについてで説明したところの兄2)他、ほぼスタッフ総出でお出迎え、チェックアウトしてスタッフに荷物を持ってもらい、次の宿に案内してもらう。

古城内を北側に向かって移動する。移動しながら次の宿の責任者であるらしい兄2と雑談したけど,このひとは中国人には珍しく、本当にちゃんとした英語を話す人で、私のいい加減な英語が恥ずかしくなる。麗江古城は今は学校が夏休みなので人が多いハイシーズンなんですよとか、この辺りで日本語話せる人は殆どいないんですよ(そりゃそうですよね)とか。途中で赤い実を干している人がいたので、「あれはコショウなんですよね?」と尋ねると、コショウじゃなくて花椒なんだそうである。へーっ生の花椒なんて初めて見た、と驚く。写真撮っとけばよかった。

移動後の宿でチェックインを済ませると、ロビーでお茶を飲んでいきませんかと兄2がいう。ロビーには本格的な中国茶道のセットが置かれていて、そこで兄2の講釈を聞きながらお茶をご馳走になる。雲南省の普洱(プーアール)茶は高品質で有名な人気の高いお茶だけど、生茶(Shēng chá)と熟茶(Shú chá)があるのだが、生茶の方を淹れてもらった。

兄2の説明と、手際のいい優雅な手つきによれば、どうも、かなり本格的な中国茶道(正しくは「茶芸」というらしい)の作法に則ってお茶を淹れてくれているみたいだった。中国茶の場合、一煎目は捨ててしまうのだが、良いお茶であればあるほど、何煎淹れてもお茶が出るし、淹れていく内に味が変わっていくのを楽しむのだという。私も普洱茶の生茶を飲んだのは初めてだったが、普洱茶のイメージとは違って、緑茶系の味わいで爽やかで大変美味しいお茶だった。

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ええ、お茶は大層美味しかったんですが、10煎位は淹れてもらったところで、さすがに私も「部屋に行っていいですか」と切り出した。この間、1時間くらいは経過していたと思う。この兄2の茶芸は、この宿でお茶の販売もしていることもあり、まあ営業みたいなものなのだが、それにしても気の長い話である。これまで、外国で英語ができるスタッフがいる宿に泊まったことはあっても、スタッフからこんなサービスは受けたことがない。中国人は気が長いと聞いていたが、さすがだと思った。

この間、昼食は一切取らなかったけど、不思議とお腹が空かなかった。

部屋は麗江古城にはよくある納西(ナシ)族式。

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前の部屋はコンクリート打ちっ放しの現代的お洒落風な部屋だったので、調度品は立派だったけど落ち着かなかった。こっちの方が全然よい。諸事情で1泊だけだけど…。

荷ほどきをし、ずっと洗濯していなかったので汚れ物をちょっと手洗いし、宿に頼んで翌日朝の麗江駅までの車を手配してもらってから、昼も食べていないことだし、早めに明るい内に(といっても午後6時は過ぎていた筈だが)夕食に行く。兄2おすすめの近所の四川風料理の店にした。

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とはいえ、納西風料理があったので注文してみた。しょっぱくないカリカリベーコンのような味で、右下の花山椒を付けて食べるのだけど美味しかった。

一旦部屋に戻って休んでから、夜の麗江古城をちょっと散歩してみたが、これがまあまた、どこから人が湧いてくるのかと思う人出で、早々に退散。この部屋は一本路地を入っているものの、麗江古城一番の目抜き通りの近くなのだった。

洗濯物の乾きを気にしながら、早めに就寝。翌日は移動日なので朝が早い。せわしない旅だ。

麗江古城から黒龍譚(8月13日・前半)~2018年8月マカオ・香港・雲南省旅行 その7

今回の旅行の日程

8月8日(水) 羽田発-香港国際空港経由でマカオへ マカオ泊

8月9日(木) マカオ泊

8月10日(金) マカオからフェリーで香港へ 香港泊

8月11日(土) 香港から中国・雲南省昆明へ 昆明泊

8月12日(日) 昆明から空路で麗江へ 麗江泊

8月13日(月) 麗江泊←今ここ!

8月14日(火) 麗江から大理経由で昆明へ 昆明泊

8月15日(水) 昆明泊

8月16日(木) 昆明泊

8月17日(金) 昆明から香港へ 香港泊

8月18日(土) 香港国際空港から空路で羽田帰着

 

13日の朝、朝食を取るために食堂に降りていくと、用意ができていない。朝食担当は近所のパートと思しきおばちゃんで、中国語しかできない。片言の中国語とスマホ翻訳でやり取りし、予約した時間がおばちゃんの把握していた時間と2時間遅くずれているのが判明。昨日の晩、宿の人がスマホアプリ(英語翻訳あり)に時間と希望のメニューを入力していたのになんでや。朝から安定の中国世界である。最早、大して驚かない。

そのうち、予約を取った当人がやってきて、事情をおばちゃんを挟んで説明すると、ちょっと部屋で待っててねとのこと。10分も待たない内に呼ばれると、食事の準備ができていた。このように、多少のエラーは無問題である。飛行機と違い、置いていかれる訳じゃないし。

ところで、この予約を間違えた(?)人は、最初にチェックインをしたときにオレンジ茶を入れてくれたお兄さんとも、「ホテルを移って欲しい」と頼みに来たメガネのお兄さんとも別人。長身のメガネのお兄さんよりもさらにデカくて屈強そうな、気の良さそうな兄さんである。顔はやや浅黒く濃い。英語は殆どできないし日本語は勿論できないけど、こちらが日本人なのでおどけて片言の日本語を使ってみせたりする。

後で分かったんだけど、この麗江古城の2軒のホテル(というより規模的には民宿)のスタッフは、

姉1最初チェックインのとき見かけたお姉さん。その後全然見なかった。兄1の言ってた「姉妹がお茶の畑を買った」というのはこの人のことか?

兄11日目のチェックイン時にオレンジ茶を入れてくれたお兄さん。見かけは年齢よりも少年ぽくて、活発でやんちゃな雰囲気の人である。英語を話す。多分、この人が最初に泊まったホテル(ホテル1)の責任者。

兄2「ホテルを移って欲しい」と頼みに来た長身のメガネの知的な雰囲気のお兄さん。一番英語が上手い。この人が移った先のホテル(ホテル2)の責任者っぽい。

兄3朝食の注文を取りに来た件のお兄さん。容姿はさっき言ったとおり、でっかくて屈強そうで気の良さそうな雰囲気の人で、顔は濃いめで浅黒い。4歳くらいの可愛らしい女の子のお父さんらしい。英語は殆ど出来ない。

兄4ホテル2のチェックアウトと、車の待ち合わせ場所までの案内を担当してくれたお兄さん。寡黙であまり喋らないのだけど、多分あんまり英語は出来ない。容姿は兄2や兄3ほど身長はないが、やっぱり顔が濃くて浅黒い。

以上がスタッフメンバーで、一応の担当ホテルは大体決まっているようなのだけど、2軒の宿を必要に応じて行き来して仕事をこなしているっぽい。全員、きょうだい親戚か友人関係っぽくて、しかも、宿の近所に住んでいるか、それか宿に住み込みかという雰囲気だった。兄3のお嬢さんも、遅い時間にホテル2でスタッフメンバーに遊んで貰っているのを見かけた。

こうやって書いてみて気がついたが、英語が話せるスタップ・メンバーはいわゆる華人ぽい外見の人で、顔が濃いめの2人は英語があまり話せなかった。留学などで英語学習を本格的にできる、お金持ちの漢族がホテルを買って、英語OKの宿として集客しているのだろうか…?英語出来ない二人は地元の少数民族出身…?本当はホテル2に3泊する筈だったのに、飛行機の遅延やら宿の手違いやらで中国に入ってから毎日宿を移動する羽目になったので、詳しい人間関係を把握する時間や機会がなかった。

朝食は、中華風のものに少し飽きたので西洋風にしてみた。こんな感じ。

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ま、ごく普通である。大きな皿の上部に写っているのは、ちょっと中身の色が変わっているジャガイモである。これに黄色くてとがった形の蒸しパンが付いた。あと、コーヒーと食パンは自由に取っていい。英語対応OKの宿なので、食堂には西洋人男性と中国人女性と思われるカップルと、女性の母親らしき中国人の先客がいた。

食事をしていたら、後から中国人の家族がやって来た。その中に、ブレザー・短パン・蝶ネクタイでおめかしさせて貰っている中国人の小学生くらいの男の子がいた。私もパンをトースターで焼いていたのだけど、パンを取りに行ったら焼いていた筈のパンがない。気がつくと、その男の子が「焼いた食パンだけ」を何枚もムシャムシャ食べていたのだった。しかも、お皿もなしで、足を机に掛けてだらっとした姿勢で、パンにジャムかなんかを塗りつけながら食べている。両親も特に男の子を注意するような素振りはなく、自由にさせている。

中国国内に入ってから、こういう自由な中国人の振る舞いは本当に羨ましくて仕方なかった。何故なら私がこれくらいの年頃の子供だった頃、こんな振る舞いをしようものなら、親から人非人のように罵られたに決まっているからだ。まず、「食パンしか食べない」っていうことが非難の対象であり、お皿もなしに足を机に掛けてごはんを食べる、なんていうお行儀の悪いことは論外で、超絶非難の対象なのであった。

さて、朝食を取ったので出かける。

途中、古城内の三眼井を通り過ぎる。「三眼井用水公約」として、「上池飲用水 中池洗果 下池洗衣服」と、傍らの石碑に刻んである。

確かに、水が湧き出している上池の水は澄んでいる。

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下池には金魚。

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しばらくすると、近所の店舗の人がマットを持ってやって来て、下池でマットを洗濯していた。こうやって、三眼井は今でも生活用水として使われているのだった。

古城内を通り過ぎる。雨模様である。

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古城の中心部を抜けて疎水に沿って歩くと、だんだん人がまばらになってくる。

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昨日中に入るのを断念した、古城の北の外れの黒龍譚に着いた。

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本来なら、次の写真の正面奥方向に玉龍雪山が見える筈なのだけど、ご覧の通り天気が悪くて何も見えない。残念。

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この奥にも広大な公園があるのだけど、だんだん天気が悪くなってきて、雨が本格的に降り出したので、公園を抜けてバス通りにあるバス停に向かうことにする。

公園を抜けると、団体観光客向けと思われる旅館や、食堂が沢山あった。古城内には何十人単位の観光客を収容できる旅館を建設するのは無理だから、こういった外れに作るのだろう。

これは、食堂のバックヤード。午前中だったので、シーズンで名物のキノコ料理のための仕込み(キノコの下ごしらえ)を、従業員総出でやっているところ。

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ここも通り過ぎ、バス停に向かう。麗江古城の北にある束河古鎮という、これも古い由緒のある街に向かうためである。

が。束河古鎮は滞在時間が短かくなってしまった割に、見所が沢山あって、写真も沢山あるので、束河古鎮とこの日後半の出来事は、次の記事に譲る。この日、まだまだ色々あるねんでー。

 

昆明から麗江へ・麗江古城など~2018年8月マカオ・香港・雲南省旅行 その6

今回の旅行の日程

8月8日(水) 羽田発-香港国際空港経由でマカオへ マカオ泊

8月9日(木) マカオ泊

8月10日(金) マカオからフェリーで香港へ 香港泊

8月11日(土) 香港から中国・雲南省昆明へ 昆明泊

8月12日(日) 昆明から空路で麗江へ 麗江泊←今ここ!

8月13日(月) 麗江泊

8月14日(火) 麗江から大理経由で昆明へ 昆明泊

8月15日(水) 昆明泊

8月16日(木) 昆明泊

8月17日(金) 昆明から香港へ 香港泊

8月18日(土) 香港国際空港から空路で羽田帰着

 

深夜にどやどやと団体が廊下を通って行き(確か子供の声が一番うるさかった)、途中で一度目が覚めてしまった。

その後もう一度寝て、朝、起きて窓から見える街の風景はこんな感じ。

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スケールは中国の方が大きいが、なんだか日本の地方都市っぽいと思った。

土地鑑がないので、朝食はホテルで済ませ、午前10時にホテルのシャトルバスで空港へ向かう。午前10時10分には空港に着く。たったの10分。昨日、空港からホテルまで40分もかかったのは一体何だったのか…。(前日の移動はこんな感じ→昆明の長い一日~2018年8月マカオ・香港・雲南省旅行 その5

麗江行きの便は12時45分発だったので余裕あるなと思っていたら、チェックインのシステムが全然分からなかったり、セキュリティ・チェックで引っかかったので思いの外、手間取った。昼食を取ったら、もう搭乗時間ギリギリ。空港で四苦八苦したのは別の記事→中国の国内を移動するときの注意点 超初心者編2【各論・空港編】で書いた。中国国内に入ってから、システムが分からなかったりトラブルが発生したり、色々あったので、全部旅行記に入れていたら量が多くなって大変なんである。8月12日も、まだ色々ありますよー。先は長い。

さて、飛行機が時間通り駐機場を離れて滑走路に向かい始めたが、日本では考えられないことなんだけど、隣のおじさんはずっとスマホで友達と話している。もちろん、中国だって離陸体制に入ったら通話は禁止である。このおじさん、本当に離陸する直前まで、ずーっとスマホで喋り続け、麗江に着陸したその瞬間から、またスマホを繋いで友達と話していた。

離陸後、水平飛行に入ってしばらくして、ふと気がつくと、通路を挟んだ反対側の席の上の方から、何か液体がぽたりぽたりと垂れてきて、下で口を開けて寝ているお兄さんのジーンズの膝を濡らしている。客席上の手荷物入れから茶色い液体が漏れて落ちてきているのだった。どうやって、誰に注意したもんかと思案していたら、お兄さんが起きて気がついた。

お兄さんのクレームで客室乗務員2名が確認するも、原因が分からない。客室乗務員は、とりあえず、何か布かティッシュのようなものを詰めて、液体が垂れるのを防いでいた。結局、客室乗務員により手荷物入れが開けられて、原因が判明したのだけど、原因は、お兄さんの前席の女性が手荷物入れに入れたプラスチックの水筒のお茶だった。多分、手荷物入れの他の荷物も濡れていたのだろうと思うけど、お兄さんも何事もなかったかのように膝を拭いて席に座り直した。この間、特に誰も声を荒げたり過剰に謝ったりしていない。日本だったら凄く険悪な雰囲気になりそうだが……。

無事、麗江三義空港に着陸した。

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ターンテーブルで荷物を待っていると、なんだかニンニクとスパイスの入り交じった食べ物の凄い匂いがしてきた。段ボール箱に入れた食料、多分、タッパに入った料理の蓋が気圧差で開いて中身が出てしまったのだろう、段ボール箱が液漏れしている状態でターンテーブルを回ってきたのだった。ターンテーブルも濡れている。

こうやって飛行機で移動するだけで、色々カオスである。

宿に手配して貰った車はすぐ見つかった。空港から麗江古城区までは遠く、何だかんだいって1時間近く掛かったように思う。古城内は車で乗り入れができないので、入口まで宿の人に迎えに来て貰って、徒歩で向かう。

宿の経営は、複数の若者達で共同経営されているようで、迎えに来てくれたお兄さん(多分経営者の一人)は、英語も堪能。

チェックインのとき、ウェルカムドリンクならぬウェルカムお茶をご馳走になったけど、とても中国っぽい。オレンジの中にお茶を詰め込んだ変わったお茶だった。お茶を入れてくれたお兄さん(さっき迎えに来てくれた人)によれば、「私の姉妹がお茶の畑を買い、そこのお茶だ」とのこと。

荷物を置いて一休みすると、もう午後4時を回っていたが、折角なので、古城内を散歩する。

今の麗江古城は、大地震で崩壊した古い街を再建したもので、俗化しすぎ、観光地化されすぎ、とは聞いていたのだけど。

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それほど人いないね、と思いながら歩き始め、

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民族衣装のおばあさんが水路で何かを洗っている。おおっ。

とか、のんびり歩いていたが、甘かった。

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どわっ…。この人出である。

これは麗江古城では有名な観光地、木(ムー)氏の宮殿・「木府」なのである。

中に入るのに入場料がいるので、中に入ってしまえば少し落ち着いてます。

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中は博物館になっている。これは麗江を治めていた土司の座。虎の皮…。

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日本人からすると物珍しい武器類。真ん中のなんて、地獄の鬼が持っているやつですかい?ってか、日本の地獄の概念自体、中国からの輸入だもんね。閻魔大王は中国人の格好してるし。

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何かの香りがするなと思っていたらキンモクセイだった。雲南省の8月は、秋なのである。

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てかやっぱり人多いやないかーい!奥の方では民族衣装の貸衣装着て写真撮って貰っている観光客がいるし。

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と思ったものの、木府の裏山、獅子山に登って古城を見下ろすと、流石に、思わずほーっと声が出てしまう景色が眼下に広がっている。

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ちょっと角度を変えるとこんな感じである。

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このあたりで、なんだか息が切れて頭が痛くなってきた。吐き気もする。昨日は香港→昆明(標高約1900メートル)、今日は昆明→麗江(標高約2400メートル)と、飛行機で急激に登ってきてしまったため、高山病の軽い症状が出てしまったようだ。

獅子山を降りて、再び古城を歩き回る。古城の中は、噂通り、旅館というか民宿(客桟)と土産物屋とレストランがひしめき、広場では衣装を身につけた少数民族の踊りが披露され、少数民族の民族楽器(太鼓)の店では太鼓の実演が始まると沢山の人々が集まってそれを鑑賞し…、さながら古城をモチーフにしたテーマパークといった趣である。地震後に倒壊した建物を再建したので新しくて快適だけど、「古城」の雰囲気は台無しである。でも、観光の中国人はとても楽しそうにしている。

黒龍譚の入口まで来たところで力尽きて、宿に戻ることにする。

宿に戻ると、さっきのお兄さんとはまた別の、メガネをかけた知的な雰囲気の長身のお兄さんが待っていた。何々、スタッフが間違えてこちらのホテルを案内してしまいました。予約が入っていたのは本当は同じ系列の別のホテルでした。明日はそちらに移って貰えないでしょうか?そっちは伝統的なナシ族スタイルのホテルできっと気に入って頂けると思います!??

ふぁっ!?しかも、今日から移れるんじゃなくて明日移るの?

正直、面倒だなと思ったけど、お兄さんが困っているのが分かったし、別に断る理由もないのでOKする。てか、よく考えてみると、なぜ間違えるのかが解らない…。飛行機の遅延トラブルで1泊キャンセルしたのが紛らわしかったんでしょうか…。

部屋に戻ると、出かける前とは荷物の位置が変わっていて、泥棒でも入ったのかと思って吃驚したけど、掃除の人が変えていったようだ。良くも悪くもこういうスタイルの宿なのだろう。

さっきのお兄さんに次の日の予定を聞かれたとき、玉龍雪山に行くと言ってしまったが、部屋に戻ると頭痛とだるさが半端ない。古城内にツアーデスクも沢山あったし、宿の人に聞けばツアーを申し込めるんだろうけど、この体調でさらに標高の高いところに行く自信がなかったし、天気予報はずっと曇りか雨で景色もあまり良くないだろうから、玉龍雪山には行かないことにした。

休んで気が付いたら、もう午後8時30分を過ぎている。雲南省は日が暮れるのが遅いので、夜の時間の感覚がなかなかつかめない。

古城内のレストランは高くてイマイチみたいだったが、この体調で古城外に出る元気が無かったので、手近で済ませることにした。

折角なので、雲南名物・キノコ料理の店に行こうとしたのだけど、目指す店が激混みだったので、さっきの散策の帰りがけに見つけた別の店を探してさまよい歩いてなんとか見つける。店お勧めのキノコの鍋には、トサカの付いた生の鶏の頭が入っている。ベトナムでも鶏の頭でスープを取っているのは見かけたので、驚かない。てか、奮発して松茸を頼んだのに来ない。店の人に聞いたら、注文が通っていなかった。最新鋭の電子機器(見た目PHSみたいなの)に店員さんが注文入力して、しかも、これでいいですかって画面見せられて確認されたのに何でや。

外にいると、すっかりもう真夜中だが、人が昼間より一杯いる。

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このスモークが出ている左側の建物は、実はクラブで、大音響で音楽が鳴っている。こんな具合に、夜遊びのバーやクラブみたいなのも、あの広大な甍の下に収めているのが、麗江古城なんである。

まあそれでも、人が少なくて静かな場所のライトアップを眺めるのはそんなに悪くない。

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上の写真の中央の男性は、自転車に荷車を付けたものを引っ張っている。古城内は車の乗り入れが禁止されているので、こういう荷車が大活躍をして荷物を運んでいるのである。

飲み物を買って宿に戻ったら、もう午前0時近かった。